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バンコク学生日報

バンコクに一年間留学している大学4年生。バンコクでの生活、旅行記、タマサート留学生とバックパッカーにむけた旅情報などをゆるく書いていきます。

タイ在住の僕がマレーシア西海岸を一週間旅行して得た驚き

タイからマレーシアに行って、僕は正直かなり驚きました。

なぜなら、シンガポールを除けばタイが東南アジアでは最も成功している国だと思い込んでいたからです。

しかし、実際にマレーシアを見てみてそれは井の中の蛙の思い込みだと気づきました。

今回のブログはまあまあ気合いを入れて書いた4,000字超えの記事なので、心して読んでください。

※僕は今回西海岸の観光地と都市部にしか行っていないので、その上での分析です。(後述)

タイと比較したマレーシア

GDPで比較してみる

まず、経済力の指標となるGDPを見てみましょう。(僕は経済学徒じゃないのでこの比較の仕方が正しいかわからないんですが。)

確かに名目GDPを見ればマレーシアよりタイの方が上なようです。

ちなみに、WikipediaGDPを比較してみると、東南アジア1位は実はインドネシアで、世界16位。東南アジア2位はタイで27位、東南アジア3位はマレーシアで34位でした。シンガポールは34位。

国の国内総生産順リスト (為替レート) - Wikipedia

国の経済力としてはタイよりもインドネシアの方が上にあることがまず意外でした。インドネシアは人口2億超えてますからね~。(タイは6000万人台)

 

しかし、1人当たりのGDPを見てみると、その順位は逆転します。

しかし、一人あたりのGDPを見るとシンガポールが世界6位で東南アジアぶっちぎりの1位、次がだいぶ離れてマレーシアが世界61位、次にタイ、インドネシア、と続いていきます。

国の国内総生産順リスト (一人当り為替レート) - Wikipedia

やはり、僕が感じたように、1人あたりの国民の豊かさを考えるとマレーシアはタイより上に来るようです。

首都KLだけではない

タイでは、経済がバンコクとその周辺に一極集中しています。

一方で、マレーシアは首都クアラルンプール(略称KL)に加えて、ペナン、ジョホールバルなど、西海岸沿いに発達した都市がいくつもあります。

鉄道

マレーシアの国境駅に着いた瞬間に感じましたが、まず鉄道システムが違いすぎます。

shallowwell.hatenadiary.com

オンボロディーゼル機関車で客車を引っ張っているタイと、近代的な高速電車が走っているマレーシア。高速鉄道の延伸に力を入れているようで、旅の雰囲気がガラッと変わります。

まあタイの列車はやや古いですが、他の国ではなかなか味わえないタイの昔ながらの列車旅も風情があって僕は好きです。

選挙王政による立憲君主

タイ・マレー両国とも国王がいる同じ立憲君主国でありながら、そのスタイルは全く違います。

タイでは1782年に王朝交代してから現在までチャクリー王朝がずっと支配してきました。現在のプミモン国王は即位70年です。こうした歴史の長さから、国王が持つ権益も少なくはないとよく聞きます。

一方マレーシアでは独立以降、世にも珍しい選挙王政というシステムが取られてきました。Wikipediaで調べて選挙王政という仕組みがあることを初めて知りました。

マレーシアの国王 - Wikipedia

どうやら5年の任期を各州の首長の輪番で回すようですね。マレーシアの選挙君主制だと、王がもつ権力や権益の大きさはある程度抑えられるのでしょうか。それとも各首長が団結して大きな権益を保っているのでしょうか。

民族の違い

マラッカ・ペナンを中心に交易都市として栄えたマレーシアは、多くの民族が混じりあう国家です。

当然最も多いのはマレー系ですが、中国が出自の華僑や、インドからやってきた印僑も一定の割合を占め、3つの主要民族が入り混じる国家であると言えます。

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 KLのチャイナタウンにあるヒンドゥー寺院。

 

タイも華僑は多いですが、その多くはタイ文化に同化し、中国語を家庭で話す人はあまり多くありません。

ということで、マレーシアには漢字で書いた看板のある店が多いです。加えて、インド系食堂などもタイよりはるかに多くみられます。

マレーシアでは植民地時代、貿易や商業に従事するのは中華系やインド系であったことから、農業従事者が多かった先住民のマレー系との経済的格差があります。

こうした格差から、ブミプトラ政策が1971年から始められました。これは比較的弱い立場にあるマレー人を優先する政策です。これは当然民族差別である、といった批判を中華系などから多く受けています。当然、中華系も全員が貧しいわけじゃないからです。もっとも、伝統的な生活を営むマレー人はこの政策の恩恵を受けることはほとんどなかったようです。恩恵を受けたのは基本的に富裕層のマレー人。実際にマレー文化を尊重したような政策になったかといえば、そういうわけではないようです。

ことば マレー人はマルチリンガルが基本

マレーシアのタイとの大きな違いは、その言語能力です。

僕が行ったマレーシアの場所ではだいたいの人が英語で会話できました。これはタイだったらバンコクであってもあり得ないことです。確かにタイでも英語を話せる人は増えてきていると思いますが、例えばレストランのスタッフなどは話せるとしても必要な単語を並べるレベルです。

マレーシア人は、普通に英語で会話できます。おそらく高校を出ていればある程度の会話はできると思います。

さらに驚異的なのは、中華系です。僕が話した現地の華僑の多くはクワトロリンガル(四か国語話者)でした。彼らの父母や先祖の多くは広東や潮州、福建などの南部から来ているので、家庭で話す言語は広東語など南部の中国語であることが多いです。さらにさまざまな中国語を話す華僑がそれぞれ意思疎通するため、北京語(マンダリン)も話せます。そして公用語であり学校で使うマレー語、そして英語を話すことができるのです。

もちろんなまりもありましたし、英語のレベルなどはネイティブに比べたら大したことはないですが、それでも日常会話は問題なくできるレベルです。もちろん若者の方が上手でしたが、中高年であっても話せていました。

だからと言ってマレーシアの方がタイよりいい、というわけではありませんが。タイで英語が浸透していないのは、欧米列強からタイが独立を守り続けたことが影響していると僕は思っています。マレーシアの英語力の高さは植民地支配の影響を色濃く受けたものなんでしょう。

長きにわたる植民地支配

隣国にも関わらずタイとマレーシアを大きく変えているのはこの点の影響が大きいかと思います。

マレーシアはマラッカを中心にかなり早くからヨーロッパ諸国に植民地化されてきました。ポルトガルマラッカ王国のスルタンをねじ伏せて植民化したのは1511年。その後もオランダ、イギリスと支配者が変わりながら、第二次世界大戦中は日本の支配を受けました。マラヤ連邦としてようやく植民地支配から独立したのは1957年のことでした。

マラッカと同様に、北部のペナンも同様に1786年にイギリスに植民地化されました。

このように、マラッカ・ペナンを中心に海峡植民地として貿易が行われ、ヨーロッパ列強の力が強く影響することとなったわけです。

 

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 宗教の違い

タイでは9割の国民が仏教を信仰する仏教国家であるのに対して、マレーシアはベースとなるイスラム国家を中心とした多宗教国家。

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KLにある、マスジットジャメ(工事中)

イスラム教は一応マレーシアの国教ですが、華僑や印僑が増加するのに伴って、イスラム教の影響力は落ちていると思います。

ちなみに華僑は中国仏教印僑ヒンドゥー教を信仰している人が多いです。あとはヨーロッパ列強からもたらされたキリスト教の信者もタイよりは多いと思います。なので来ている服装などから、その人の出自を大体見分けることができます。

僕が行った6月はラマダンの時期だったので、イスラム教徒のマレー系は基本的に日が出ている間は飲み食いすることができません。

世界遺産について疑問

マレーシア初の世界遺産として、マラッカペナン2008年文化遺産に同時に登録されました。僕もこの二つの都市を訪れました。しかし、これまでの歴史を振り返ると、これには違和感を感じえません。確かに多文化が共存した自由貿易の拠点都市として、保存する価値はあるのは間違いありません。しかし、光を当てるべきは廃れつつあるマレーシア人の文化なのではないでしょうか。

マラッカもペナンも、「世界遺産都市」としてまず紹介され、注目されるのは「美しい」洋風の建物ばかり。これはUNESCOがマレーシアでの植民地支配を「正当なものだった」とポジティブに捉えているとしか思えません。

このようにマレーシアの発展は植民地化のおかげだ。と言わんばかりに欧米の建築物をアジアで誇示するような姿勢に疑問を感じました。現状、伝統的に農村で生活するマレー人は困窮し、都市化をしないと生きていきにくい状況になっているようです。むしろ、マレーシア人の独立をないがしろにし、現地文化の荒廃を進めた負の遺産として捉えられていいんじゃないかと思います。

マレー人は人当たりがいい

マレーシア人は英語をよく話せるのでいろいろと話しかけたり道を聞いたりする機会が多かったのですが、みな異常なほどに親切でした。

例えば、イポーのホワイトコーヒー店でたまたま席が同じだったおばちゃんとは話が弾み、そのあと宿まで歩いて帰ると言ったら車で送ってくれました。

また、道行く人におススメのディムサム店を聞いたところ、10分ほどいろんな店の名前や特徴、行き方を熱弁してくれました。(もはやお節介というレベル)

インドに行ったときは、なにかを親切をされるたびにお金を要求されたので、この違いには感動してしまいました。なんだったんだあの国は、って感じです。

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まあマレーシアに限ったことではなく、もし僕がタイ語をまともに話せたらタイ人も同じように親切であろうことは、タイで生活していて伝わっては来るんですがね。より言葉が通じる、ということがより丁寧な対応を可能にしているのかもしれません。

観光客の目線

今回は一週間しか旅行する期間がなく、その中でペナン・イポー・マラッカ・KLを回ったので時間があまりありませんでした。そのため、観光客が必ずいくようなところしか有名どころしか回ることが出来ませんでした。

それゆえに、例えば都市部から離れた郊外であるとか、あまりメジャーじゃない東海岸の雰囲気とかは味わえていないので、これだけで、マレーシア全土がタイより発達している、と考えるのは早計なのはわかっています。

今回はマレーシアの都市の発達ぶりに驚きましたが、おそらく都市部から少し離れたらタイのローカルと同じような雰囲気が味わえるかもしれません。

さいごに

まあいろいろ書きましたが、僕はマレーシアかなり好きでした。ペナンなどはきれいで快適だったので、将来の移住先候補ですね。

時間があれば東海岸ボルネオ島にも行ってみたいです。ボルネオ島ではかなり美しい風景がみれると聞いています。

最初の旅行先としてのハードルも高くはない国だと思うので、ぜひ行ってみてください。