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バンコク学生日報

バンコクに一年間留学している大学4年生。バンコクでの生活、旅行記、タマサート留学生とバックパッカーにむけた旅情報などをゆるく書いていきます。

北インド旅行紀【1日目】デリー

インド 旅行記
 
ナマステ!
今回からソンクラーン休暇を利用したインド旅行について🇮🇳
 
1つ1つの瞬間が新鮮なので、今回は日記の形式で時系列に書いていこう。
(日記なので敬語は使いません)
 
歴史のウンチクはだいたい歩き方の受け売り。
 *1ルピーは1.8円

行程

首都デリーinして東のコルカタへ抜ける王道ルート。
 
1日目 バンコク⇨(飛行機)デリー
2日目 デリー⇨(鉄道)アグラ(タージマハル)
3日目 アグラ⇨(夜行列車)バラナシ
4日目 バラナシ着 滞在(ガンジス川沿い)
5日目 バラナシ滞在
6日目 バラナシ⇨(夜行列車)コルカタ
7日目 コルカタ着 滞在
8日目 コルカタ滞在(インド東端)
9日目 コルカタ⇨(飛行機)バンコク

 


詰め込んだので忙しくなりそう。

 

デリー到着

バンコク、スワンナプーム空港から朝8時40分の便で出発。
乗った飛行機はJet Airways。
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インド2番手の航空会社で、デリーまで片道2万5000円程度。
LCCではなく、ソンクラーン休みってこともあって高め。
 
飛行機の乗客は8割くらいがインド人に見える。
搭乗すると自分の席にすでにインド人が座っていて、チケットを見せてもお前は俺の席に座るべきだ、と言われる。
全く訳がわからないし友達と離れてしまうのも嫌だからインド人と口論してると、アテンダントがやってきてインド人を追いやってくれる。
どうやら人の席に勝手に座るのはインドでは普通のようだ。
 
インドに着く前からインドの自由さを存分に感じる。
 
インドまでは4時間。
機内食はベジタリアンを選ぶ。
芋のマッシュとカレー。早速インド風。
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悪くなし。
 
デリー到着後はビザをゲットし、そのまま市街へ向かう。
 
中心地へは2011年にできた地下鉄でゆける。新しいこともあって全くインドらしさを感じない。
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終点ニューデリー駅まで20分。 
まずは翌日の切符を買いに鉄道駅に行く。
 
外へ出ると、少し砂っぽくてからっとしている。
 
歩いていても誰も寄ってこない。
事前に得ていた情報では客引きなどがものすごい勢いでしつこくまとわりついてくると聞いていたから拍子抜けした。
 
ニューデリー駅の外国人向けチケット売り場は、地下鉄駅とは反対側のメインバザール側の建物の2階(イギリス式なので1st floor)にある。
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最初は人に聞いても見つけられず、上の写真のようなインド人向けカウンターで買おうとした。
しかし、外国人用のところへ行けと言われる。
 
ガイドブックを読み直して理解し、線路をまたぎ、外国人向けオフィス、international tourist bureauが見つかった。
待つこと20分。翌日のアグラ行きのチケットを無事購入。
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予約していたホテルへ向かう。
ホテルはメインバザール周辺、駅から徒歩8分ほどにあるKwality hotel
 
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5人なので、2ダブルベッドルームと1ダブルベッドルームを1つずつ予約していた。
インドのホテルは予約していようとしていなかろうとひとまず旅行者をぼったくろうとする。
最初はめちゃくちゃふっかけられたので、なんとか値切って1人あたり480ルピー(900円くらい)までもってく。
Booking.comなどに書かれた値段を提示して、正当な値段に持っていかなくてはいけない。

インドにしては安くはないが、ある程度清潔で快適。WiFiも悪くなし。
 

クトゥブミナール(Qutab minar)

インド最初のイスラーム王朝、奴隷王朝を創建したアイバクが作ったと言われるクトゥブミナールを見に行く。
アイバクが奴隷王朝を作ったのは12世紀だから、デリー、アグラはムガル帝国期の遺産が多い中で、これはやや古め。
 
クトゥブミナールへは地下鉄でニューデリーから一本、20分強。
駅を出るとオートリキシャのドライバーがものすごい勢いで詰め寄ってくる。
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(オートリキシャの名前は日本の人力車から由来しているとか)
値段交渉して5人で50ルピー(90円)のリキシャに乗る。
リキシャの運転は案の定荒い。意気のいいおっちゃんはふざけて蛇行運転をしたりもするし気が気じゃない。
 
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考えられないことに牛車などが普通に道路をほっつき歩いている。
 
リキシャで5分で到着。
運が悪いことにインドの遺跡は2016年4月より倍額に値上げしたらしく、渋々入場料500ルピーを払う。タイミング悪し。
 
広場一帯が遺跡が残っていて見ごたえあり。
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これはかつての神学校(マドラサ)の跡らしい。
 
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14世紀に完成したクトゥブミナール(右)と、3世紀頃に作られたという鉄の柱(左)。
 
雰囲気がよかったから、バハーイー教の寺に行くのは諦めてのんびり。
 

コンノートプレイス

駅へ戻り、地下鉄で中心地のコンノートプレイスへ向かって夕食。
中心地で換金するとレートがいい!との情報を元に、空港ではあまりルピーに換えなかった。
しかし、デリーではなかなか換金所が見つけられずお金が無い。
コンノートプレイスで換金場所を探すも、午後7時だとだいたい閉まっている。
昼飯も食べておらず、物乞いにせがまれてもあげるお金もないしむしろ物乞いしたいくらい。ひもじい。
ようやく開いてた小さな換金所を見つけ、10000円分換金。5600ルピーに。
 
お金をを得たのでやっと夕食にありつける。
夕食は歩き方に乗っていたコンノートプレイスの南側にあるインド料理屋をチョイス。
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ピンド・パルチ
 
まあまあ格の高いレストラン。店内では伝統音楽の演者が歩きながら演奏している。
 
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前菜。紫の玉ねぎは辛みが強いけど食べれる。
赤いのはマンゴー?塩辛すぎて食べられない。
 
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チキンカレー、タンドリーチキン、マトンビリヤニなどを頼んで1人あたり確か250ルピーほど。ハズレなし。全部うめえ。

インドのカレーと日本のインドカレーは全く違うとの話を聞いていたけど、こうしたレストランのカレーはかなり食べやすい。

そのままリキシャを捕まえて、インド門に向かう。 ここは1次大戦後で戦死したインド兵を弔うためにイギリスが建てたらしい。
なんかしらのライトアップをしているのかと思いきや、夜10時と時間が遅いためか近づくこともできず。
よく見えない。残念。

宿へリキシャで帰って、シャワーを浴びて就寝。何事もなく1日を終えられてよかった。
 
インドではタイより遥かに英語が通じる。人種や文化が多様で、さまざまな言語が話されることから、英語がある種共通語の役割を果たしているらしい。
いろんな人と意思疎通ができるから旅行するには快適だ。